中央労福協とは
あゆみ 活動方針 基本文書 主な活動 組織運営 役員一覧 加盟団体名簿 地図
活動方針
back 中央労福協とはへ戻る
   
  2001年度2002年度2003年度2004〜2005年度2004〜2005年度活動方針と補強
2006〜2007年度2006〜2007年度活動方針の中間総括と補強2007〜2008年度2008〜2009年度活動方針の中間総括と補強|労福協の理念と2020年ビジョン|2010〜2011年度2010〜2011年度活動方針の中間総括と補強
 

労福協の理念と2020年ビジョン
〜「連帯・協同でつくる安心・共生の福祉社会」へ

 中央労福協が結成されてちょうど60年目の記念日にあたる2009年8月30日は、総選挙により国民が政権交代を選択し、戦後の日本の政治体制が大きく転換した歴史に残る日になりました。
  また、中央労福協結成60周年の2009年は、労働四団体に無所属組合の一部を加えた労働界の再編・統一で「連合」が誕生して20年の節目の年にあたります。
  さらに、わが国の生協運動の父といわれ、協同組合運動・労働運動・農民運動などの社会運動に先駆的な役割を果たした賀川豊彦が、神戸の貧しい地区で救貧活動を始めて100年になります。賀川は、その後「救貧から防貧へ」というスローガンを掲げ、様々な社会運動・事業を一体のものとして実践していきます。わたしたち労働者福祉運動も、そうした源流の中から生まれたという原点を、いま一度思い起こしてみる機会でもあります。

 わたしたちは今、30年ぶりの時代の転換点に立っています。1970代後半から世界的な潮流となった新自由主義経済、マネーゲーム化した資本主義が破綻し、わたしたちの手で新しい社会をつくるチャンスが到来しました。同じ時期に政権が交代したのは、単なる偶然ではありません。「連帯・協同でつくる安心・共生の福祉社会」の時代が始まったのです。
  市場経済至上・拝金主義が蔓延し、実体経済とかけ離れた金融経済が社会を動かした結果、日本社会は、これほどまでに格差が拡大し、貧困が固定化してしまいました。このような日本社会から脱却し、安心・共生の福祉社会をつくるために、労働運動や労働者自主福祉運動は具体的にどのような役割を担うべきなのでしょうか。
  そのため、わたしたちはまず、中央労福協の60年をふり返り、その理念を再確認しながら、新自由主義の暴走を許した原因を探り、目の前に横たわる課題と10年先を展望した進むべき方向性を「労福協の理念と2020年ビジョン」という形で共有したいと思います。


1.中央労福協60年をふり返って

(1)中央労福協結成から60年

・生活物資をみんなで調達する・・・労福協のはじまり・・・

 第二次大戦直後、食べるものも含めて生活物資が極端に少なかった時代、労働者の生活必需品をみんなで調達しようと、政治的イデオロギーによって分裂・分立していた労働組合が生活協同組合などとともに、その枠組みを超えて連帯し、労働者の暮らしの安定をめざして共同行動を行う運動母体を結成しました。1949年8月30日に設立された中央労福協の前身、中央物対協(労務者用物資対策中央連絡協議会)です。「この協議会を産業別単産および単産の上部組織(中央労働団体)の枠を超えたものとし・・・労働者の生活福祉問題解決のための組織」としてスタートしたのです。翌年9月12日に「中央福対協(労働組合福祉対策中央協議会)」に改称、「われわれはこの際、全国的労働団体の福利厚生部門の力を統一結集し、強力な連絡調整、指導のための機関として、ここに労働組合福祉対策中央協議会を設け・・・」と高らかに組織の理念を謳い上げています。1957年には「中央労福協(労働福祉中央協議会)」に名称変更、そして1964年に現在の「中央労福協(労働者福祉中央協議会)」となったのです。

・労働金庫・全労済の生みの親

 1949年11月の総同盟第4回大会の方針は、「従来の団結強化の叫びは口頭禅の傾きがあったことを深刻に反省しなければならない・・・組合員は一つの闘争が終結すれば組合に対する関心が稀薄となり」としたうえで、相互扶助の精神に立脚した自主的な共済事業と労働銀行の創設が決議されています。1950年7月の総評結成大会でも「スト資金積立て、罷業金庫・中央労働金庫設立」の方針が掲げられました。さらに、1951年3月の総評第2回大会では、「豊富な闘争資金を持ちながら金融機能を持たない・・・いわんや労働者個人の生活資金の融資に至っては、銀行に預金を持ちながら、一切融資の途を絶たれているので、高利の質屋か闇金融にたより、益々生活の困窮に拍車をかけている」と、「労働銀行設立に関する件」が独立した議案として取り扱われています。
  これらを推進するために中央労福協を中心とする「生活物資対策の充実と労働金庫の設立」という協議の場が作られ、労働金庫法制定(1953年)の大きな動力となったのです。そして、質屋と高利貸しからの解放をめざした「労働者の労働者による労働者のための銀行」としての労働金庫が全国に誕生していくことになりました。
  また、労働者共済事業についても中央労福協の「共済専門委員会」で議論され、1954年に大阪で、翌年には新潟で先駆的に火災共済事業が立ち上がりました。その直後、新潟で大火災が発生しました。共済事業の財政基盤がまだ十分整っていなかったにもかかわらず、全国の労働組合の協力で所定の給付を迅速に行ったことが共助としての労働者共済事業の評価を高めることになり、各県での共済事業が本格化していきました。今日の全労済誕生の契機です。
  その後も労福協は、住宅生活協同組合、労働者福祉会館、勤労者旅行会、労働者信用基金協会など、多くの協同事業の組織化と育成を進めてきました。また、2006年には、1970年代から独自に仕事づくりの活動を進めてきた労働者協同組合が中央労福協に加盟し、労働者福祉の陣営がさらに広がりました。

・労福協の全国展開

 中央労福協は結成と同時に中央労福協の動向に呼応するように各都道府県に呼びかけ、つぎつぎに「労福協」が結成され、現在では47都道府県すべてに地方労福協が作られています。

・連合の結成と労福協運動の再検討

 ところで、1982年に全民労協(全国民間労働組合協議会)が結成され、社会保障制度・税制・雇用・食糧問題など、多岐にわたる政策・制度要求を掲げ、多彩な国民運動を展開するようになりました。そして、中央労福協結成40年目の1989年に労働戦線統一組織としての連合が結成されました。全民労協や連合の結成はそれまでの中央労福協の存在やあり方に大きな影響を与えることになったのです。それは、中央労福協の役割の一つであった分立するナショナルセンター間の調整機能が必要でなくなったことに端を発していますが、それだけではありません。労働者自主福祉事業をトータルに推進する中央労福協の機能も連合がカバーし得るのではないか、という議論が労働組合や事業団体からも出されてきたためでもありました。中央労福協はあらためてその存在意義を問われたのです。
  しかし、その議論は立ち消えになりました。連合結成後も止まらない組織率の低下、95年を境にした組合員数の減少傾向、パートや派遣、契約労働者などいわゆる非正規労働者の増大の前に、中央労福協はそれまでの中心課題であった組織労働者を対象とする労働者福祉から未組織労働者さらには国民的福祉へと運動の領域を広げていくことになったのです。そして、労働者自主福祉の活動体として、連合や他の組合と協力しつつ、独自の活動も展開する重要な組織としての意義をより強くもつようになりました。それはまた、時代の要請でもありました。

・継承される創業の精神

 このように中央労福協は結成当初から「上部組織の枠を超え、すべての労働組合と福祉事業団体が参加して結束する」という明快な路線を打ち出したことが特徴です。つまり、労働運動面では時として組織間競合が発生しますが、中央労福協は、全労働者的視点にたって、福祉の充実と生活向上をめざすという一点で統一を堅持していくことを方針として掲げたわけで、現在でも中央労福協は結成当初の創業の精神を継承しています。

(2)中央労福協があらたな社会運動へ〜21世紀の挑戦

 「食足らざるときは、士むさぼり民は盗す、争訟やまず、刑罰たえず、上(かみ)驕り下(しも)へつらい、風俗いやし、・・・これ乱逆の端なり、先陣をまたずして国やぶるべし」と大正5年(1916年)、河上肇は「貧乏物語」に書きしるしました。悲しいことに、90年以上の時空を超えて今、そっくり日本社会の現状を言いあらわしています。
  自己責任・成果主義を強調した新自由主義政策のもとで、社会保障制度が大きく揺らぎ、暮らしと労働の破壊が始まりました。家族の絆やコミュニティ、職場での連帯・支え合いが急速に崩壊・劣化してしまいました。そして、日常的に貧困が人々の口にのぼるようになった21世紀初頭の日本社会。
  急速に広がった貧困・格差社会、それを是正・解決していくために、中央労福協はさまざまな社会的課題に向き合ってきました。労働団体、消費者団体、市民団体が連携して、多重債務者の救済と生活再建、そのためのサラ金の金利引き下げ運動、悪質な押し付け販売を規制する割賦販売法の改正運動、地方の消費者行政充実など矢継ぎ早に課題に挑戦してきたのです。その結果は、高金利引き下げとグレーゾーン金利を廃止した「改正貸金業法」、販売会社とクレジット会社の共同責任を明らかにした「割賦販売法の改正」、消費者行政の一元化と地方消費者行政の充実をうたった「消費者庁」とそれを監視する「消費者委員会」の設置へと結びつきました。
  また、生活保護基準の引き下げ反対、反貧困運動、後期高齢者医療制度撤廃、労働者協同組合法の制定運動など、広範な社会的課題に取り組み始めています。もうひとつは、地域に根ざした顔の見える活動です。1990年代後半から一部の労福協で時代の変化を先取りした個性的な活動が始まっていましたが、2003年度からは「行動し提案する労福協へ!」をスローガンに、中小・未組織労働者、退職者、地域へと福祉を広げていく取り組みが本格化します。地方労福協を中心に、@中小企業勤労者福祉、A介護サポート、B子育て支援、C高齢者との連携、Dライフセミナーをテーマに5つの重点課題プロジェクトが立ち上がり、相互に学びあい自らの活動に活かしていきました。
  こうした活動がベースとなり、2005年8月には、連合・中央労福協・労金協会・全労済の4団体でライフサポート事業を推進する合意が成立します。連合の地協再編、ワンストップサービスと連動しながら、すでに41県、70箇所を超える拠点が設置されてきました(2009年11月末現在)。
  各地域の活動は、労働・多重債務・法律・税金・年金、生活設計、住まいなどに関する相談をはじめ、就労・子育て・介護サポート、生きがいづくりなど多岐にわたります。それぞれが、専門家、自治体、経営者団体、生協、各種NPO団体などと提携しながら、地域のすべての働く人たちの「拠り所」となることをめざして活動を進めています。
  10年前の創立50周年の翌年、中央労福協は「あり方検討委員会報告書」をまとめ、労福協の存在意義を検証しつつ、労働者福祉運動の総合力を高めるためのコーディネーターとしての役割を打ち出しました。しかし、まだ「社会運動」としての視点は必ずしも十分ではありませんでした。この10年間、私たちは「福祉は現場から」と地域に入って汗を流し、社会の不条理を訴えて街頭に立ちました。まだまだ微力ですが、多くの人たちとのネットワークをつなげ思いが共鳴することで、社会や地域、政治が変わることを学んできた10年だったと言えるでしょう。
  このように、労働運動を中心としながら労働者自主福祉運動、消費者運動、NPO・市民運動とを結びつける「かすがい役」として、21世紀に果たすべき中央労福協の役割は日増しに大きくなってきているのです。

2.労働者自主福祉をめぐる時代認識〜30年ぶりの時代の転換点

(1)新自由主義の終わりが始まった

 ところで、暴走した新自由主義が終焉し、わたしたちが今、30年ぶりの時代の転換点に立っている、と冒頭に述べました。その意味はこうです。日本における新自由主義の始まりは、30年前の第二臨調=行革路線にさかのぼります。第二臨調=行革路線で謳われた「小さな国家」政策は、経済活動に対する国家の関与を極力排除し、経済活動における「契約自由」の原則を徹底するというものでした。具体的にはまず、許認可権限を持つ各省庁の経済的規制を撤廃・緩和することから始まりました。規制緩和の波は、次に社会的規制である労働者保護法制の緩和にまで及んでいきます。ちょうど、95年に日経連が「新時代の日本的経営」を発表した時期と一致しています。それは、労働者保護法制を撤廃し、正社員を極力少なくし、パートや派遣の安い労働力をフレキシブルに使って、企業利益を上げようとするものでもありました。今日社会問題化している「労働者派遣法」改悪のスピードは、このときから加速度的に早まりました。そして職場では必要以上に自己責任・成果主義・自立が強調され、支えあう仲間の連帯が分断されてきた時代でもありました。

(2)品格なき拝金主義の横行

 その結果、金儲け第一主義の「品格なき拝金主義」が日本社会の潮流になってしまった感があります。村上龍の小説「希望の国のエクソダス」(2000.7)で主人公の中学生をして「この国には何
  でもある、本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と言わせた社会の出現です。
  その最たるものは2005年9月11日の郵政選挙に見られました。村上ファンドやホリエモンの「金もうけがなぜ悪い。金で買えないものはない」というむき出しの資本主義的発言や小泉首相の「既得権をぶっ壊す」発言を多くのワーキングプアは支持しました。なぜなら、若者と女性が大半を占めるワーキングプアの人たちにとって当初から「既得権」といわれるものは何一つ持っていなかったからです。

(3)金で買えない大切なものがある〜07参議院選挙、09衆議院選挙結果

 しかし、さすがにこれは少し行き過ぎだと気づいたのが、2007年7月の参議院選挙結果でした。金では決して買うことができない、かけがえのないものがあるという当たり前のことに、日本社会が気づきだしました。もう一度助け合いや共生の倫理観を取り戻す、単なる貨幣やGDPでは測れない価値を重視する、人と人とのつながりを大切にする社会が必要だと感じ始めたのです。それを裏打ちするように2009年8月の総選挙で政権が交代しました。歴史的な転換です。
  こうして、わたしたちは今、30年ぶりに大きな時代の転換点に立っているのです。日本だけではありません。オバマ大統領を誕生させたアメリカを含めて、これは世界史的な潮流にもなっています。

3.なぜ市場経済至上主義が日本社会を席巻したのか

 「新自由主義」が日本社会に吹き荒れた30年は、行きすぎた市場経済が日本社会の隅々にまで入り込んでしまい、労働運動や労働者自主福祉事業が劣勢に立たされた時代でもありました。ではなぜ、一人ひとりの生活の隅々まで市場経済が侵入し、わたしたちの運動が停滞を余儀なくされてしまったのでしょうか、その原因を探ったうえで、わたしたち労働運動や労働者自主福祉事業があたらしい時代にどのような役割を発揮すればよいのか、問題提起します。

(1)市場(資本主義)経済は堕落する〜社会は市場経済だけで成り立ってはいない

 近代経済学の祖ケインズは「資本主義経済は最も効率的な経済システムだが、幾多の点で極めて好ましくない。それは貨幣愛を生むからだ」と述べています。日本ではケインズより早く、江戸時代後期に今でいう農業経済学者、二宮尊徳が「経済なき道徳は寝言である、しかし道徳なき経済は犯罪である」と喝破しているのです。また、生協運動の父と慕われた賀川豊彦は晩年(1954年)、「利益共楽」「人格経済」と協同組合中心思想を語っています。
  もともと人間社会は、商品交換を軸とする「市場(資本主義)経済」の領域のほかに、顔の見える範囲でお金を回していく「協同組合(連帯)経済」や自分で物を作る「自給経済」、さらには、医療や介護、教育・育児をはじめとする社会保障や公共事業など主として自治体や国が担ってきた「公共経済」、加えて、GDPにはカウントされない親や先祖から引き継いだ「ストック経済」の領域を含めて成り立っています。ところが、この30年間、とくに後半の15年間は、行きすぎた市場経済が自給経済や協同組合経済、公共経済を押しつぶし、日本社会を席巻してしまいました。

(2)市場経済の暴走をとどめる装置とその劣化

 資本主義経済は放っておくと、ケインズが予言したように堕落していくのですが、資本主義経済の暴走を抑止する装置が市場経済のなかに存在すると考えられます。
  1つは、「自分の仕事の積み重ね」や「熟練」を尊重する気風の存在です。一昔前まで、「先輩の背中を見て育つ」という言葉に表せるように仕事の現場ではOJTが有効でした。自動車の製造工程で、板金を手で触ってミクロンの差がわかるベテランがいます、技術を深めたあんな先輩のようになりたい、と。経験を積み重ねていくことでその人の信用が高まるという人と労働を大事にする落ち着いた社会が、資本主義の暴走にブレーキをかけていたといえます。それに対して「自分の仕事や技術が」尊重されないばかりか、使い捨てにされてしまったのが、この15年間でした。ブレーキが外されてしまったのです。
  2つめは、経営者の倫理観です。かつて日本では、「人前でお金の話をするのは、品がない」という文化が大切にされてきました。大阪商人は自らの財産で、堀をつくり橋を架けてきたと聞きます。1997年、北海道拓殖銀行が破綻した時、受け皿銀行として救ったのは、バブルに踊らなかった北洋銀行でした。当時、北洋銀行頭取の見識を賞賛する声が上がったものです。そうした経営の倫理観が、どこかに消え失せ、品格なき拝金主義経営がはびこってしまいました。
  3つめは、労働者を保護するさまざまな法的規制です。団結権・団体交渉権・団体行動権を認めることは、形式的に見れば「契約自由の原則」から逸脱しているといえましょう。けれども、雇用の現場では使用者と労働者が真に対等で自由な雇用契約を結ぶことが出来ないことは、誰でも知っています。労働基本権を法的に保障することによって、はじめて実質的な「契約自由の原則」が適うようになるのです。しかし、こうした労働者保護法制が、規制緩和という名のもとに次々緩和されてしまいました。
  4つめは、労働組合の対抗力です。30年前の組織率は30数%だったものが、18.1%にまで低下してしまいました。資本主義の暴走を止める装置として存在した労働組合の対抗力が弱くなってしまったのです。
  このように資本主義のなかにあった、資本の暴走を止める装置が30年でかくも劣化してしまったといえましょう。

(3)協同組合経済や自給経済、公共経済の縮小

 また、市場(資本主義)経済に委ねない領域が次々とマーケットに浸食されてきました。例えば、助け合い・支え合いをベースにした生活協同組合や労働金庫、全労済に代表される「協同組合(連帯)経済」の領域やものを作り・修理し・自分の力で生活を豊かにするという「自給経済」の領域が弱くなって、次々と市場経済に置き換えられてきました。たとえば、うっかりお米を切らせた時に隣近所で融通し合っていたものが、いつしかコンビニで買い求めるのが当たり前になってしまったように。
  さらに、介護・医療や育児など支える人と支えられる人との顔の見える関係の中で行われるサービスの提供の分野のように、これまで主として国や自治体が担ってきた公共経済の領域(もちろん今日ではNPOや生協などの連帯経済も担い手となりつつある)、なかでも市場に任せてはいけない分野までもが市場に解放され、金もうけの対象にされてしまったのです。

4.「連帯・協同でつくる安心・共生の福祉社会」へ

 吹き荒れた新自由主義の嵐、品格なき拝金主義の時代が終焉し、今わたしたちは「あたらしい時代の扉の前に立っている」ことは繰り返し述べてきました。とすれば、扉を開けたその先にある「新しい時代」には新自由主義に取って代わる希望に満ちた社会が待ち受けているのでしょうか。そのようなものは、誰かが用意してくれるわけでは決してありません。他力本願ではなく、わたしたちが行動に移さなければ実現しないのです。
  なぜなら、20世紀型の福祉国家もまた、安定した雇用や家族を前提としてきた制度設計が根底から揺らぎ、刷新が求められているからです。突然の失業、急速に陳腐化する知識や技能、増大するケアの負担など、社会の変化に伴い新しいリスクが次々と広がっています。こうしたリスクは、誰もが直面する可能性があり、かつ、その具体的内容は極めて多様で、きめ細かな対応が求められます。また、これまでの現金給付を中心とした所得保障にとどまらず、介護や子育てなど対人的な現物給付(社会サービス)がより重要になっていきます。安心して暮らせる社会にするためには、市場や国家のみならず、連帯・協同セクターとの協働的なネットワークで問題を解決していくことが必要なのです。
  わたしたちは、「連帯・協同でつくる安心・共生の福祉社会」をめざします。それは、お金やGDPでは測れない価値を重視する社会、人と人とのつながり・絆が大切にされる、ぬくもりのある社会、貧困や社会的排除を許さない社会、環境に優しい持続可能な社会です。
  そのためには、労働の尊厳が尊重される社会をつくるための労働運動の力と、市場(資本主義)経済の領域を縮小・相対化するための労働者自主福祉団体の行動、協同組合経済の領域の拡大が不可欠です。労働者福祉も、時代の変化や社会のニーズに応えて自ら改革していかなくてはなりません。

以下、労働者自主福祉事業や労働運動が克服すべき課題を明らかにします。

(1)労働者自主福祉事業の課題と役割〜協同事業の社会的価値と力量を高める

・協同の思想の優位性の確立

 一口に市場経済を相対化するとは言うものの、例えば労働金庫の金利は市中銀行の金利と、全労済の共済商品は保険会社の商品と、購買生協の商品はスーパーの商品と、というように市場(マーケット)では日々競合にさらされています。そのため、ややもするとマーケットの中ですべて資本と対等に競争していこうという心理に傾きがちです。
  もちろん、商品の優位性をめぐっては常に市場で比較されるのであり、それに対抗していくのは当然です。そうでなければ購入されないからです。しかし、販売(普及)手法まで対抗していく必要はありません。組合員(会員)がその主たる対象者であり、組合員もまた事業を支える主体者なのです。「商品の優位性」をめぐる市場での対抗と「販売(普及)手法」の区別を明確にしていくことが必要です。
  また、協同事業で生じた剰余金は、すべて利用している組合員への還元金と事業を継続・発展させるための基金として積み立てに充てられます。単なる「もうけ」のための事業ではなく、まさに「非営利」の事業であることが特徴です。暮らしの向上を第一に考えるからこそ、品質や安全性に徹底的にこだわり、組合員との信頼関係を大切にします。そこに協同組合経済(労働者自主福祉事業)の優位性があります。

・「業者」と「お客さま」の関係からともに運動する主体に

 労働金庫や全労済が設立された当時は、労働組合役員と事業団体の職員が一体となって組合員をオルグし、普及活動を行ってきました。文字通りともに運動する主体であったのです。その結果、全国の労働金庫では、16兆円の預金量、融資額11兆円に成長し、全労済はあわせて約700兆円の保障を引き受けるようになりました。
  ところが、近年は事業団体と労働組合の関係があたかも「業者」と「お客さま」の関係に変容してきたのではないか、という指摘を数多く受けるようになりました。それは、事業団体の職員が労働組合を訪問する際の言葉使いにも表れています。「オルグにいく」から「営業に行く」、「お疲れさま」から「ありがとうございました」へなど、と。一方の労働組合役員も事業団体を同業者のワン・オブ・ゼムと見なすような傾向が強くなっています。曰く「サービスが悪いぞ」というような。事業団体や労福協のことを全く知らない役員も増えてきました。一般の組合員なら、なおさらです。
  わたしたちには今、もう一度設立時の初心に立ち返り、労働組合と事業団体が「ともに運動する主体」であるという自覚が求められています。そうした運動の積み重ねが、組合員の事業の利用促進にもつながっていくのです。
  また、労働金庫や全労済、生協は今日地域における数多くの拠点を持っていますし、それぞれ長い歴史の中で専門的なノウハウを蓄積しています。しかしこれまで、こうした地域拠点や専門的ノウハウを相互に活用することが必ずしも十分ではありませんでした。協同組合に共通する法制度などの共同研究や事業上の協同組織間協同の促進、具体化を進めることがきわめて重要です。

・協同組合経済(血の通った温かいお金)の拡大

 そうはいっても、労働金庫に預けた100万円と市中銀行に預ける100万円は同じでなないか、という組合役員がいます。実はそれが違うのです。労金に預けた100万円はA組合員の住宅ローンに融資され、あるいはB組合員の教育ローンに貸し出されるなど、使われ方が透明で血の通った温かいお金なのです。また、福祉や環境などの市民活動を応援することを通じて、地域の共生や活性化につながる資金循環を生み出します。これからは、雇用や環境を守る事業に投資(SR
  I:社会的責任投資)していくという考え方も重視されるべきでしょう。まさに、意志をもったお金(グッドマネー)の流れが社会を変えるのです。それに対して市中銀行に預けた金は、あるいはサブプライムの紙切れになっているのか、子会社のサラ金業者に融資され、組合員が借りて高利で苦しむことになるかも知れません。
  支えあい、助け合い、「困ったときはお互いさま」の精神が生かされる協同組合経済の拡大こそ、暴走する市場経済を縮小・相対化する道なのです。

・民主的理念と事業遂行性両立のつらさを抱えつつ〜永遠の課題

 そんなに素晴らしい協同組合経済がなぜ社会に普及しないのでしょうか。理由の一つに理念と事業遂行を両立させるつらさがあるからではないでしょうか。協同組合事業であっても一定の収益がないと事業は継続し得ないのはいうまでもありません。しかも同時に運動理念である民主的運営を貫徹させなければなりません。実際には、民主制といわばそろばん勘定を両立させることがきわめて難しいのです。
  しかし、両立させ得るきれいな解決策など存在しません。民主制と事業遂行性を両立させるつらさは、協同組合経済につきまとう永遠の課題でもあります。その覚悟でこれからの運動をすすめていかなければなりません。

(2)労働運動・労働者福祉運動の課題〜塀の外へと福祉を広げる

・組織率の低下は労働運動の社会的影響力を低下させている

 わが国の労働組合員数は、94年の1,270万人をピークに減少を続け、08年には1,008万人となりました。組織率の低下傾向には歯止めがかからず、18.1%となっています。非正規労働者は雇用労働者の1/3へと増加、年収200万円以下のいわゆるワーキングプアが1,000万人を超えてしまいました。雇用労働者の半数を占める100人未満の中小・零細企業における組織率は1.1%、パートタイム労働者の組織率は徐々に上昇しているものの5.0%にとどまっています。

・すべての労働者のための運動へ〜労働運動の復権

 労働運動は、非正規雇用から正規雇用への転換と組織化をはかるために、中小・零細・非正規労働者へのアプローチを進めています。とりわけ、結成20年を機に連合は、「日本で働くすべての労働者を代表するナショナルセンターであるとの自覚を高め、社会からの期待に応えられる存在」であり続けるという宣言をしています。職場で地域で「振り返ればそこにある」存在です。
  そして、すべての人に働く場を保障し、公正な賃金と均等待遇、セーフティネットが組み込まれた「労働を中心とした福祉型社会」の実現をめざしています。

・労働者福祉のウイングの拡大

 そうした社会の実現のためには幅広い世論形成が欠かせません。労働運動がNPOや市民団体と連携を図り、相互に不足している部分を補完しあうことで大きな相乗効果を発揮できる可能性を追求していくことが必要です。
  また、労福協や労働金庫・全労済・生協との連携強化を図り、労働者自主福祉事業を幅広く展開し、労働者福祉のウイングの拡大をめざすことが重要です。
  労働者自主福祉事業のサイドも、共助の対象を広げていくことが必要です。中小企業や未組織・非正規労働者など、福祉がもっとも必要とされているにもかかわらず光の当たらない人たちが、共助の仕組みに参加できるよう更なる努力が求められます。また、団塊世代の退職期を迎え、圧倒的に現役労働者に支えられているという現状から脱却し、生涯取引の促進や地域生活の支援を進めていくことが喫緊の課題です。将来にわたって持続可能な事業にしていくためには、若者や女性の参加、利用促進も欠かせません。

5.労福協に求められる役割・機能と運動スタイル

(1)大切な「福祉はひとつ」という運動スタイル

 中央労福協が取り組んだ「貸金業法改正」や「割賦販売法改正」は画期的であったといわれています。運動に携わった当事者自身の口からでさえ「思ってもみなかった成果」といわせたのは一体なぜだったのでしょうか。それは、これまであまりつきあいのなかった労働組合と弁護士・司法書士、消費者団体・NPO・市民団体など広範な方々が連携したこと、そして341万人もの署名が集まったことを背景にして、党派を超えて国会議員への理解を広げ、政治を動かしていったことによるところが大きいといえます。つまり、さまざまな運動スタイルや価値観・文化をもった方々とのネットワークが出来たこと、過去いろいろないきさつがあった団体とも一緒に運動を進めたことによって実現したといって過言ではありません。「同質の協力は和にしかならないが、異質なものの協働は積になる」ことが証明されたのです。
  しかし考えてみるとそれは、中央労福協の創業の精神そのものでした。これからも「福祉はひとつ」という労福協設立の原点を忘れずに、どのような団体や市民、政党とも、「目的と目標、実現したい事柄で連携する合理性」を大事にした運動スタイルを中央労福協は持ち続けます。

(2)社会の不条理を許さない社会運動の実践〜「かすがい」機能を果たす

 もちろん、画期的な成果を生んだのは、社会の不条理を浮き彫りにした今日的なテーマであったこと、そして多くの市民の共感が得られる内容であったことが底流にあったのはいうまでもありません。労働運動、消費者運動、市民運動が融合して「社会の不条理」に立ち向かう共感の得られる社会運動を積み重ねることが、「安心・共生の福祉社会」に結びつくのです。中央労福協は労働組合・消費者団体・市民団体等を結びつける「かすがい」「触媒」としての機能を果たしていきます。
  また、中央労福協は、福祉はひとつで誕生した歴史的特性から、全労働者的視点に立って行政や経営者団体とも広範な連携をとれる「立ち位置」にいます。政権が交代した今、労働者福祉にかかわる政策決定や運営への参画、NPOや自主福祉事業に対する税投入の道が広がってきます。こうしたチャンスを生かし、議会対策や行政との協働を推進します。
  協同組合には、組合員の民主主義に基づく自治という原則があります。こうした特性をさらに活かし、協同組合経済を促進する社会的な仕組みをつくる観点から、共助の組織に関する基本法の制定を含め、法制度や施策の改善について積極的に提言していきます。さらには、地域再生の担い手として新たに登場しつつある社会的企業や社会的協同組合などの事業を促進・支援する制度づくりなども視野に入れて取り組みを進めていきます。

(3)すべての働く人の拠り所として頼りになる存在に〜「ライフサポート」事業の推進

労働者福祉の総合力発揮のためのコーディネート機能

 連合の地協強化・再編と連動した「ライフサポート」事業は41道府県に発展してきました。地域住民に近いところで、さまざまな生活上の問題をワンストップで解決することが「ライフサポート」事業の核心です。そして、労福協・連合・事業団体・NPO、退職者のネットワークを広げながら、生涯にわたって働く人たちやその家族の暮らしをサポートする態勢を作っていきます。
  とりわけ、立ち遅れている就労支援や介護・子育て支援などの分野においては、行政との協働(委託事業)や、NPOの活動を資金・人材(ボランティア活動への参加など)面で応援することを通じて、サービスの拡充をはかっていくことが必要です。
  労働者のニーズが多様化している現代においては、それぞれの組織が単独・自前でサービスメニューをそろえていくことは困難です。これから必要なのは、それぞれの持つ資源やノウハウを有効に活用しながら、ネットワーク型で組み立てていく発想です。中央労福協は、1億人を超える働く人とその家族の幸せの実現のため、労働組合と協同事業、協同事業間の連携を高め、労働者福祉の総合力を発揮していくためのコーディネーターとしての役割を担います。

(4)運動を継承する教育活動と財政基盤の確立

 労働者福祉を担う人材の育成・教育活動は、21世紀に労働者福祉を継承していくうえできわめて重要です。労福協、連合、事業団体はそれぞれ独自の研修システムとカリキュラムを持っていますが、共通するものも少なくありません。横断的にカリキュラムを策定し、共同開催すれば、団体間の人的交流にも寄与することが期待できます。その可能性を追求し、実現をはかります。
  広く人材を育成・提供していくという観点からは、大学などの教育カリキュラムに積極的に関与していくことが極めて重要です。経営を学ぶコースがあるのに労働運動や非営利・協同事業を学ぶコースがないのはおかしいという発想に立って、労働運動やNPOなどと共同の取り組みを進めていきます。
  また、運動・活動を支える財政基盤の確立も急務です。広範な寄付やカンパをベースにした、「社会連帯基金」的なものの研究を行い、実現をめざします。

back 2010〜2011年度活動方針
back 中央労福協とはへ戻る